音楽を中心とした、コラム・各種ランキングページがあります。邦楽・洋楽問わず、あなたの音楽ライフにお役に立つ情報をご紹介します!

音楽ジャンルの歴史を解説[ブルースの誕生から発展まで]

新たなシリーズです。ジャンルについてまとめていこうと思います。まぁ私も聞くジャンルに偏りがあるので、自分の勉強も兼ねて連載していきたいですね。

今のポピュラーミュージック全般の起源は、アメリカで産まれたブルースと言われています。第一回は、その辺りから掘り下げていこうと思います。

ブルースの誕生

起源は19世紀と言われ、アメリカに奴隷として連れてこられたアフリカ系黒人が作ったものです。当時のアメリカ国内では、奴隷開放宣言後も人種差別や黒人排斥の意識は根強く、彼らは最下層の労働者として生きていました。

苦しい現実から逃れるため、ワークソングやフィールドハラーという労働歌や黒人霊歌を歌ったことが起源と言われています。労働歌は、仕事中に掛け声を合わせるように「コール&レスポンス」しながら歌われました。移民黒人が持つ独特なメロディラインなど、この頃からブルースに繋がる特徴が感じられます。

労働歌 Negro Prison Blues & Songs

黒人霊歌 Fisk Jubilee Singers
⇩Watch Video

黒人の歌には「ブルーノート」という3度(5度)7度が半音下がる音階を持つ特徴がありました。奴隷から開放された黒人は、集団で歌う形態から個人が歌を口づさむようになり、内容も愛や欲望、失意などパーソナルなものに変化していきます。それにアコースティックギターでコードをつけて歌い始めたのが、ブルースの始まりです。

カントリーブルース(19世紀後半~)

ブルースの起源は明確ではありません。しかし、W.C.ハンディーという黒人作曲家が、ミシシッピの駅でブルースの演奏を聞いたという目撃証言記録が残っています。これが、ブルースが発見された初めての出来事として認識されています。1903年のことです。

「演奏しているうちに彼は、ハワイアンギターの演奏者が鉄の棒を使ってよくやるように、ギターの弦にナイフを押し付けた。そのかもしだす効果は一度聞いたらもう忘れられないようなものだった。歌もたちまち私の心を捉えてしまった。

“サザン線とドッグ線がクロスしているところへ行くんだ”

歌い手は、私が今まで聞いたこともなかったような不気味な音の伴奏を自分でつけながら、この行を三回繰り返した」

ミシシッピ・デルタ・ブルース

奴隷解放宣言後も黒人差別が依然として厳しかった地域ということもあり、白人文化の影響が少ない音楽性を持っています。個人的には初期ブルースの代表と言えば、デルタブルースを連想しますね。

エリック・クラプトンなど数多のギタリストが賛辞する、伝説的なブルースマン、ロバート・ジョンソンもこの地の代表として紹介されます。この地域で有名だったサン・ハウス、ウィリー・ブラウン達は、当初ギターが下手くそだったロバートを笑っていました。彼は一度姿を消します。そして2年後、再びサン・ハウスの前に現れます。ロバートのあまりのギターテクニックの上達ぶりに、サン・ハウスは驚きます。そこで生まれたのが「クロスロード伝説」です。

「奴はクロスロードで悪魔に魂を売って、そのテクニックを身につけた」

これは元々、この地方に噂されていた伝説で、「夜の零時ちょっと前に、クロスロードに行けば黒い悪魔がギターを取り上げてチューニングを始める。そいつは弾き終えるとギターを返す。そうやって上手くなる」といったものがあったようです。真意は分かりませんが、腕のあるギタリストとなったロバートは後世に影響を与える楽曲を残し、27歳の若さで亡くなります。

デルタブルースは、12小節の枠にとらわれず、ハラー(叫び)の歌唱法が印象です。アフリカ民族色の強いソウルフルな歌い方や曲調が特徴で、内面的な表現がされている事も多いです。黒人の悲しみや苦しみがリアルに感じやすいかもしれません。この泥臭さこそ、ブルースの根源と感じる人も多いのではないでしょうか。

◎代表的なミュージシャン

チャーリー・パットン
⇩Watch Video

ロバート・ジョンソン


テキサス・ブルース

テキサスは解放宣言以前から解放政策があったこともあり、少し白人音楽、ジャズやスウィングからの影響があります。1920年代、ブラインド・レモン・ジェファーソンは、ジャズのような即興演奏とギターの単弦伴奏を使用してスタイルを革新しました。

特色としては、デルタブルースに比べて、歌とギターのコール・アンド・レスポンスが明確で、洗練されています。後のギターソロに繋がるような要素がこの当時からあります。戦後になるとエレキギターが使用されるようになり、T-ボーン・ウォーカーなどが更にギターソロの可能性を広げました。彼らのスタイルが、その後のロックに与えた影響は大きいです。

◎代表的なミュージシャン

ブラインド・レモン・ジェファーソン
⇩Watch Video

テキサス・アレクサンダー
⇩Watch Video


イーストコースト・ブルース

こちらの地域になると、ラグタイム、ゴスペルなどからの影響も強いブルースになります。デルタブルースに比べて、泥臭さは薄れて明るい印象ですね。

12弦ギターの名手ブラインド・ウィリー・マクテル、ラグタイムブルースのギタリストブラインド・ブレイクが、紹介されることが多いですね。テクニカルで軽快なサウンドを奏でています。

◎代表的なミュージャン

ブラインド・ウィリー・マクテル
⇩Watch Video

ブラインド・ブレイク
⇩Watch Video


ブルースの発展(1920年頃~)

メンフィス・ブルース

W.C.ハンディーが彼のバンドと一緒にメンフィスにやってきて、ビールストリートのクラブで演奏し始めました。 W.C.ハンディーは1912年に「メンフィス・ブルース」という曲を楽譜出版しました。これは、初めてブルースが楽譜化された出来事であり、彼がブルースの父と言われる所以です。

1920~1950年代にかけてストリートライブや劇場でのショウが盛んだったストリートがあります。それがビールストリートと呼ばれる場所です。当時、B.B.キングもこの場所から羽ばたきました。また、エルヴィス・プレスリーを発掘し、最初に契約した「サンレコード」もメンフィスにあります。当初この地のブルースマン達を録音していたのが始まりのようです。

◎代表的なミュージシャン

B.B.キング


シカゴ・ブルース

1930年頃から南部の黒人たちが仕事を求めて、シカゴ近辺に移住していきます。この頃はシティブルースというのが流行していて、リロイ・カーとスクラッパー・ブラックウェルのコンビが有名です。ピアノとギターの洗練された演奏が特徴です。また「ブルーバード」というレーベルが、この頃のブルースマン達を大量に録音しています。その後のシカゴブルースの隆盛の元になっていきます。

◎代表的なミュージシャン

リロイ・カー
⇩Watch Video

ビッグ・ビル・ブルーンジー
⇩Watch Video

そして、シカゴブルースの父と言われるマディ・ウォーターズが48年にヒットを飛ばします。シティ・ブルースと一線を画す、デルタブルースをエレキギターで演奏したスタイルは、その後のロックに与えた影響が大きいです。そして、50年に「チェスレコード」が設立されます。マディの薦めでチャックベリーと契約し「Roll Over Beethoven」など大ヒットを連発し、チェスレコードは一躍有名に。ボ・ディトリーやハウリン・ウルフも所属していました。

◎代表的なミュージシャン

マディ・ウォーターズ

ハウリン・ウルフ
⇩Watch Video


テキサス・ブルース

カントリーブルースの項目でも触れましたが、T・ボーン・ウォーカーは、本格的にエレキギターをブルースに持ち込んだ一人として有名です。彼のソロギターは、B.B.キング、チャックベリーなどにも影響を与えたと言われています。彼はアーバンブルースと呼ばれるジャズを取り入れたブルースの代表としても、紹介されます。

またこの頃活躍した、もう一人の象徴的な存在であるライトニン・ホプキンス。彼は弾き語りのカントリーブルースが基本です。初期のブルースに比べれば、だいぶ洗練された印象もあります。その後、アルバート・コリンズ、ゲートマウス・ブラウン、スティービー・レイ・ヴォーンと、屈指のブルースギタリストを生んだ地として有名です。

◎代表的なアーティスト

T・ボーン・ウォーカー

ライトニン・ホプキンス
⇩Watch Video


デトロイト・ブルース

1920年代からスペックルド・レッド、チャーリー・スパンドなど、ブギウギスタイルのブルースが演奏されていました。このスタイルは、40年代にジョン・リー・フッカーに受け継がれました。彼は忘れ去られそうになっていたデトロイトの街を歌にして、「キング・オブ・ブギ」と呼ばれるようになります。

◎代表的なアーティスト

ジョン・リー・フッカー
⇩Watch Video

50年代以降になると、デトロイトでもロックンロールが流行しはじめます。そして、ベディー・ゴーディ・ジュニアという人物が「モータウン」を生み出し、デトロイトの音楽は盛んになりました。

ブルースロックへ(1950年頃~)

三大キング

B.B.キング、アルバート・キング、フレディ・キングは三大キングとして有名です。この頃のブルースの方が、ブルース初心者にしたら耳馴染みがいいかもしれません。上記したシティ・シカゴ・アーバンの流れを受け、地域性の特色も統合されていきます。

T・ボーン・ウォーカーに影響を受けた若かりしB.B.キングは、エレキギターを手に取ります。50年代から大ヒットを連発し、代名詞のチョーキング(コール&レスポンスやペンタトニックフレーズなどで使用)は、後輩ギタリストに与えた影響は大きいです。

そしてアルバート・キングは一番年上ながら、B.B.キングからの影響が大きいです。なかなか芽が出なかった彼は、B.B.キングにあやかって「キング」と名乗り始めました。それから高低差の激しいチョーキングを前面に押し出すスタイルで成功していきます。

アルバート・キング

最後にフレディ・キングですが、二人よりも10歳前後若いです。シカゴブルースの全盛期の中を、若かりしフレディは過ごしました。「チェス・レコード」のオーディションに落選した挫折の後、ソニー・トンプソンと出会いました。彼の口添えもあり「Federal・レコード」と契約に至り、才能を開花させていきました。

フレディ・キング

そして彼らから多大な影響を受けたイギリスのギタリスト達は、そのエレキトリックなブルースをUKブルースロックへと進化させていくことになります。


UKブルースロック

1961年、ブルース・インコーポレイテッドというバンドがイギリスで生まれました。アレクシス・コーナーが中心となって結成。彼はブルースのライブハウスをオープンさせ、その客席には、ミック・ジャガー、ブライアン・ジョーンズ、スティーブ・マリオット、エリック・クラプトンなどがいたというから、驚きですね。ですので勿論、ローリングストーンズ・スモールフェイセス・クリームなどにも影響を与えました。英国ロックの産声を上げるきっかけを作ったと言ってもいい存在ですよね。他にもジョン・メイオールやピーター・グリーンも、この頃のブルースロックシーンでは重要な存在です。

◎代表的なアーティスト

アレクシス・コーナー

ジョン・メイオール


はい、ということでこの辺りで今回は終わります。60年代のUSブルースロックもポール・バターフィールドなどが有名ですが、また機会がある時にご紹介します。調べていく内に、自分の中でもブルースが整理できて良かったです。またジャンルシリーズはやっていきたいので、またご期待ください。

最新情報をチェックしよう!